蚯蚓を見殺しにした。

健康増進法が出来てからというものの、僕の通勤する建物内は全面禁煙になった。
雨が降れば雨に濡れ、風が吹けば煙草に火を付けるのにも一苦労する非常に健康によろしい野外喫煙所が代わりに新設され、そこで煙草を吸っていたときのこと。

時節柄天気も良く、僕は館内から出るクーラーの廃熱と夏の日差しに焼かれながら煙草を吸い、まぶしい空に目を背け、見るともなく足元のアスファルトに目を移していると、蚯蚓が現れた。
突如現れたかのようにも見えたが、蚯蚓アスファルトを割ってにょっきり生えてくるわけもない。植込みの土の中から這い出してきたであろう蚯蚓が、ぽとりとアスファルトに落ちるところに気付いた、というのが実際のところだろう。とにかく僕の前に現れたその蚯蚓は、無闇やたらと元気に暴れていた。

太陽に照らされ熱を持ったアスファルトが、蚯蚓の体表から見る間に水分を奪っていく。蚯蚓は体をくねらせ、少しでもアスファルトから体を離そうとやっきになっていた。そのうち体表の水分もなくなってしまったのか、蚯蚓の体の一部がアスファルトに張り付きはじめた。
蚯蚓アスファルトに張り付いてしまった部分を必死に引き剥がそうとしては別の部分をアスファルトに張り付けてしまい、また引き剥がしては張り付けしているうちに、ついに一部がどうにも張り付いてしまって離れなくなっていた。


休憩時間も終りに近付いていたのでそれ以上は見届けず、僕は煙草の火を消し、クーラーの効いた建物に戻っていった。